第114回 私の夢
こんにちは、楳林です。3連休の間、じわじわと寒くなってきています。先週のエクササイズは「2004年、あなたはどんな夢を実現し、年末にはどんな結果を手にしていたいですか?」でしたね。まだ正月明けでエンジンがかかっていないせいもあるでしょうが、ちょっと難しい質問だったかもしれませんね。執筆に入るまでに回答ありませんでした。
そこで今回は、鈴木編集長からの業務命令(?)もあり、喜んで私自身の夢を書くことにしました。喜んで、というのは私にとって1つ大きな夢が実現することになったからなのです。
それは4月から桜美林大学の夜間大学院で「老年学」「(ジェロントロジー)を学ぶことになったことです。老年学って耳慣れない学問かもしれませんが、「加齢に伴う心身の変化を研究し、高齢社会で起こるさまざまな問題を解決する学問」、もっと簡単に言えば、8割以上の自立した高齢者にも注目して、元気な長寿社会の実現を目指す学際的な学問といっていいでしょう。
何故、老年学を学ぼうと思ったかというと、数年前から定年前後の方7,8名と高齢者問題の勉強会を続けているうちに老年学に出会ったことがきっかけでした。それに自分自身が“老い”を痛感するようになって、自分自身の生き方としても老年学に関心を持ち、ずっと暖めてきたテーマなのです。
加えて、普段、世代別のキャリアデザイン研修の講師をやっていますが、50歳代、特に私と同じ団塊の世代の多くは、定年を待たず社外に転出せざるを得ない状況がいつ来るか、といった厳しい状況に直面しています。その割りに社外に出てからのキャリアデザインを描ける人が少ないように思います。
そういう状況にあっても「定年後は悠々自適」とか「65歳で仕事は辞めたい」という人がいまでも意外に多いのが実情です。でもいずれ平均寿命が85歳位になれば、定年後も人生はまだ20~25年もあるわけです。毎日が日曜日なら、すぐに退屈してきますし、何より健康に悪いですね。
今こそ、老年学の視点を持った生涯現役のためのライフキャリア戦略が必要なのでは、という思いも老年学を自ら学ぶ動機になっていると思います。
日本はまだまだ「高齢者は弱く醜い」とか「60歳を過ぎたら能力も人格も劣化する」といった孤立した老人観が根強く残っている気がします。社会が、というより、私達自身がそういう観念の呪縛から自由になっていないのかもしれませんね。
私にとってはもう1つの思いがあります。実は私の亡くなった父は長く医学部で教えていたのですが、父に反発した私は社会学や経済学、心理学といった人文・社会科学系を学びました。ところが老年学はその両方を統合する学問なのです。
勝手な思い込みかもしれませんが、この年になってようやく自分の中の父親の部分を受け入れる時が来たような感じもしています。キャリアというのは仕事や職種の選択の底に、家族や自分の人生ストーリーが脈々と流れているような気もします。
正月に見た映画「ラストサムライ」の最後のシーンは、武士の勝元にとっては無駄死にのように見えようと運命を完璧に生きることだったのだと思います。大げさですが、自分もそんな思いがあるせいか、妙に反応してしました。
「加齢とは全ての人が経験していく人生の過程であり、同時に人間としての成長、発達も努力し続ける限り、人生の途上でとどまるものではない。高齢期といえ、人生のどの時期からの経験からも孤立するものではない」というのが老年学の基本視点ですが、なんだかようやく自分の主戦場に来たな、というか、この分野で完全燃焼したいと思っています。
現在のライフキャリア研修という仕事にもつながりますが、将来的には教育、企業、個人をつなぐ「老年学センター」作りに参加したいなあ、というのが老年学を学んだ後の夢です。
そして、毎回、みなさんの回答を読むことが、私の若さを保つ原動力になっていることを改めて感謝したいと思います。今年は今までのような形にとらわれず、もっと自由に書いていこうと思っています。でも毎回、エクササイズは続けます。回答を載せない場合は、時間の許す範囲で感想やコメントをしますので、今まで以上に積極的に回答していただければ幸いです。
ということで今週のエクササイズです。
●「今年あなたが挑戦したいことは何ですか?」
![転職、派遣、アルバイトまで!求人メルマガ [en]キャリアニュース](http://columnjob.en-careernews.com/images/en_logo.gif)
